記事一覧

脳死は人の死ではない

現代医学では「人間の脳が人格そのものを支配している」と言う、考えから成り立っています。ですから脳の働きが停止すると、人間は全てが終わる。それが「死」であると、医学界では結論づけ一般常識化しています。だが色受想行識(五蘊ごうん)で判断すると「脳がいくらダメージを負い、活動停止の脳死状態」でも、身体が健在で心臓が活動している限り、それは人間の死とは言えません。人間の身体の凄いところは「目耳鼻口の四つの...

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心とは何か

「心」とは色受想行識(五蘊ごうん)の働きに於いて想念を運ぶ媒体である。例えばラジオから流れる音声の媒体は「電波」であるのに対して、人間の口から発する生身の歌声の媒体は「心」である。一つの例として、一般的に歌に表現力を加えるために「歌に心を乗せて歌いましょう!」と言いますが、これを五蘊では「歌に心を乗せる」のではなく「心に歌を乗せる」と言います。ですから人前で唄うときは「心に歌を乗せて歌いましょう」...

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クラゲの例え

<クラゲから学ぶ>色受想行識(五蘊ごうん)のメカニズムが最も分かりやすい、単純な生き物が「クラゲ」である。澄んだ水槽の中でフワフワと気持ち良さそうに、立派に泳いでいます。どう見ても透き通った身体には「脳や心臓」らしきものが見当たりません。このゼラチン状の身体は全身がセンサーで、外からの光や音、水温や水質など圧力等の波動の刺激を感知し、吸引と放出と言う生命の源に生きています。このクラゲのような脳も心...

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思考と色受想行識

<思考とは何か>思考とは「頭の中で直接、考えが湧き起こる」のではなく 「内外界からの想念を四つの感覚器官(目耳鼻口)と触覚(生命力)で知覚し、想念の働きを自由に活動させ、想念の進行を観察する力である。」 この時点で想念は組み立てられ、心は想念を頭脳に送り翻訳するのである。 これらは瞬時に行われ最終到達地点が脳であるため、頭脳で思考していると錯覚するのです。頭脳は緻密な増幅器であり翻訳機である。 こ...

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人格形成もラジオの仕組みも同じ原理である。

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プロフィール

東功生

Author:東功生
【克服した個性】
昭和23年2月4日生69歳 東京生まれ(本籍は岩手県奥州市)男3兄弟の次男
家族構成:妻、子は一男一女(それぞれ所帯持ち。子は二人ずつ)孫4人
趣味:コーラス。ギター弾き語り(オリジナル曲:人間に生まれてよかったets)
将棋。映画鑑賞、。ドライブ旅行。

昭和27年2月2日、私が4歳になる2日前、警察官の父は入院先の飯田橋の
警察病院で肝臓の病で他界。(享年35歳)
同年キリスト教の保育園に入園。
個性的な園児(現在なら私は間違いなく自閉症と診断されたと思う。)
「他人とは喋らず。仲間に交えず。一人自由気ままに行動する。お遊戯、授業に
 はまったく関心が無く。いつも机に両腕を突っ伏し寝ていた。気が向くと授業
 中でも構わず、誰もいない園庭の遊具で勝手に遊び。勝手に自宅へ帰る。感受性
 が強く。家ではよく泣いた。」一度、園長先生の奥様(先生)から叱られ、頬っぺたを
強く叩かれた。それにもめげず自分を貫き、何とか自由に2年通い卒園。

昭和29年4月小学校入学
小学生になった自覚はあった。机に座り授業を受けることは出来たが、教科書には
全く興味はなかった。一年生のある日の校庭、休み時間終了のベルが鳴り生徒全員が
教室へ戻る。「誰もいない広々した校庭、独り占めの砂場で一人遊ぶ」暫くして
保育園とは違う、何か只ならぬ気配を感じ、授業中の教室へと戻る。そこには担任で
美人の丹川先生が鬼の形相で立っていた。腕をつかまれクラス全員の前で、お尻を嫌と
いうほど叩かれた。これを機に「自分の中で自分と対峙する何かが芽生え始める。」
しかし依然「心は教室にあらず。」授業にはまったく興味が湧かなかった。

昭和35年4月中学入学、その年の5月5日12歳、水田にいた白蛇を助けた。
その日の午後、右足太ももに深い傷を負う。それが原因で破傷風に罹り生死をさまよう。
「3か月間、飯田橋の警察病院に入院」(白蛇が僕の命を救ってくれたと子供心に思う)
退院当日、担当医だった勝俣先生から「君は一度死んで生まれ変わったのだよ。」
と言われた。

昭和44年、大学4年の時、駅でキックボクシングのポスターを目にする。
この機会を逃せば一生後悔すると思いプロの選手になる。当時有名なキックの先輩
東昇(あずまのぼる)氏から、東功(あずまいさお)のリングネームを頂く。今の
ペンネーム東功生は(あずまこうせい)は生を足したものだ。選手としては負ける
試合が多かったが、試合はすべて過去の自分と戦っていたと思う。一試合ずつ自分
の人生を感じていた。試合中は無意識に身体が動き、身体の中にもう一人の自分が
いるようだった。

昭和58年、35歳、母方の祖父が亡くなり、僧侶をお寺まで、私の車で送る途中
生死について質問した。帰り際に僧侶から「これを読みなさい!」と般若心経の経典を
頂く。内容も分からぬまま日々声を出し読む。

昭和63年、40代に入り、やっと自分の探し求めていた書に出会う。
ジョージ アダムスキーの「第二惑星から地球訪問者」久保田八郎訳。当時、翻訳者の
久保田八郎氏はアダムスキーの要請を受け「日本GAP(Get Acquainted Program)と言う(UFOと宇宙哲学)の研究会を月に一度東京の東麻布で開催していた。
42歳から私も参加。自分の幼い頃からの多くのUFO体験と重なり理解を深める。

50代に入り「般若心経の世界(中村元)」写真集と出会う。内容を深く知りたいと
「般若心経、金剛般若経」を学ぶ。日本では中村元氏は般若心経の第一人者である。
学んでいると、般若心経とアダムスキーの宇宙哲学の共通点を発見。学んできた両書は
ひとつのものだと気づく。この般若心経と宇宙哲学は一見似ても似つかない書では
ありますが、この二つを一つにすると命脈となる書物なのです。

久保田八郎氏は島根県の元英語教師でUFO問題、アダムスキー宇宙哲学の研究家。
中村元氏は東京大学の名誉教授で、何の関係も接点もないお二人、不思議な事に
出身地は同じ「島根県」で同じ年と月「1999年10月」にお二人はお亡くなりに
なっている。

さらに私の自宅に届いた「久保田八郎逝去」のハガキ「10月20日3時37分逝去。」
と記してあり、我が息子の母子手帳に記してある「10月20日3時37分誕生。」
西暦は違うが生と死が同じである。この意味は以前「生と死は表裏一体」のレポートを
提出し「UFOコンタクティー」と言う雑誌(今は廃刊)に記事として載せて頂いた。
要するに「死んで生まれ変わるときは時間差は無く、ほぼ同時である。」久保田先生は
自らの死の体験を通じ、私の正しさを証明してくれたのだと思う。

以上を私のプロフィールとさせて頂きます。ここに至るまでの経緯を理解してもらうために必要だと判断しました。先祖から授かった個性と言う宝物。この個性の貴重な体験こそが、人間の完成をめざす「人格形成マニュアル」へと、たどり着いたのです。先祖の強い意志の力を感じつつ、今はひとりで訴え続ける「人間啓蒙プログラム」である。

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