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永遠の自分(魂)に気付く事こそ知識である。

人々はいつの時代も家系を絶やさず、先祖を敬いお墓を大切に守ってきました。
もし「自分が亡くなっても、家族が丁重に埋葬してくれる」はずです。祭壇には
「自分の役目を終えた亡骸(仏)が横たわり」家族の手によって埋葬されます。
ですから自分が同じように先祖を埋葬してきたように、自分の死後も「家族や
親族が代わりに埋葬してくれて先祖になる」訳です。

実は問題はここからです。お墓は必ず「ご先祖となるのは家族と決まっています」が、
本来ならば「前世を自分と共に生き続けた、自分の亡骸にも感謝し、合掌しなければ
ならない」はずです。その自分の遺骨は今どこにあるのでしょう。どこかの国の、ど
こかの墓地に埋葬されているはずです。

自分は生前「どこかの国で両親、家族、友人たちと人生を謳歌していた」はずです。
もしかして孫も大勢いたかも知れません。そして自分の亡き後、家族の手によって
丁重に、どこかの墓地に埋葬されています。ですから極端な話、見つけ出せれば
「前世の自分のお墓参りをしてみたい」ものです。

人間は「自分は何処から来て、どこで生まれ、何処へ逝くのか。」その転生を知ることが
義務であり「知識」となるのです。もしそれが分かれば、人々から死の恐怖は消え、心は穏
やかに安定するでしょう。それにより宗教間の争いも終わりを告げ、世界は大きく変わる事
でしょう。その鍵が色受想行識(五蘊ごうん)にあるのです。

人の転生は限りなく繰り返されます。その都度「両親、兄弟姉妹、親戚、友人と多くの先
祖」との繋がりができるはず、これを地球規模で見ると「人類は皆親類縁者」なのでしょう。
しかも驚く事に「転生の共鳴は宇宙全土で行われている」ものなのです。

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