FC2ブログ

記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

永遠の自分(魂)に気付く事こそ知識である。

人々はいつの時代も家系を絶やさず、先祖を敬いお墓を大切に守ってきました。
もし「自分が亡くなっても、家族が丁重に埋葬してくれる」はずです。祭壇には
「自分の役目を終えた亡骸(仏)が横たわり」家族の手によって埋葬されます。
ですから自分が同じように先祖を埋葬してきたように、自分の死後も「家族や
親族が代わりに埋葬してくれて先祖になる」訳です。

実は問題はここからです。お墓は必ず「ご先祖となるのは家族と決まっています」が、
本来ならば「前世を自分と共に生き続けた、自分の亡骸にも感謝し、合掌しなければ
ならない」はずです。その自分の遺骨は今どこにあるのでしょう。どこかの国の、ど
こかの墓地に埋葬されているはずです。

自分は生前「どこかの国で両親、家族、友人たちと人生を謳歌していた」はずです。
もしかして孫も大勢いたかも知れません。そして自分の亡き後、家族の手によって
丁重に、どこかの墓地に埋葬されています。ですから極端な話、見つけ出せれば
「前世の自分のお墓参りをしてみたい」ものです。

人間は「自分は何処から来て、どこで生まれ、何処へ逝くのか。」その転生を知ることが
義務であり「知識」となるのです。もしそれが分かれば、人々から死の恐怖は消え、心は穏
やかに安定するでしょう。それにより宗教間の争いも終わりを告げ、世界は大きく変わる事
でしょう。その鍵が色受想行識(五蘊ごうん)にあるのです。

人の転生は限りなく繰り返されます。その都度「両親、兄弟姉妹、親戚、友人と多くの先
祖」との繋がりができるはず、これを地球規模で見ると「人類は皆親類縁者」なのでしょう。
しかも驚く事に「転生の共鳴は宇宙全土で行われている」ものなのです。

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。