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思考と色受想行識

<思考とは何か>
思考とは「頭の中で直接、考えが湧き起こる」のではなく 「内外界からの想念を四つの
感覚器官(目耳鼻口)と触覚(生命力)で知覚し、想念の働きを自由に活動させ、想念の
進行を観察する力である。」 この時点で想念は組み立てられ、心は想念を頭脳に送り
翻訳するのである。 これらは瞬時に行われ最終到達地点が脳であるため、頭脳で思考
していると錯覚するのです。頭脳は緻密な増幅器であり翻訳機である。 この思考の
パターンを理解しない限り「想念が身体細胞に及ぼす影響」「心と想念の及ぼす精神活動」
の原因が明かされることはありません。

我々は思考しながら言葉を操り、相手とのコミュニケーションを取りますが、その時、言葉と
平行して心を運ぶ使者(テレパシー)が同時進行し、お互い忖度し合う無言の会話(テレパシー)
が成立しているのです。人間の頭脳が10%位しか働かないとすれば、10%の言葉でしか
話せないと言うことです。残りの90%はテレパシーと言うことになります。ですから言葉で
補えない残量のテレパシーを有効活用するために、もっと人間を開発する必要があるのです。
これが人間に課せられた義務なのである。

<思考は死ぬまで休まない>
思考は呼吸である。色受想行識が働くことで思考の活動は止まることはありません。絶えず
鼻や口から吸って吐く呼吸と同じで、思考は休むことなく多くの想念を吸引し、不要な想念は
排出しています。思考とは「それら因を働かせ活動を生み出す力」となるものである。
起きていようが寝ていようが、思考は生きている限り休むことなく活動を続けるのである。

<思考の例え>
思考は心で想念を安定的に捉え続け簡潔に答えを導き出すのです。 例えば、ある創造物の
設計図を描いているとします。しかし「心」の少しの変化に想念の性質は変わり、心の変化に
乗じて創造の本質は少しずれ、設計図にミスが生じるのです。心が安定していれば創造の本質を
間違わずに完成したはずである。このように日常、心の変化が身体内で繰り返されているのです。

<テレパシーは生命活動>
昔から人間は欲張りで、一歩ずつ成長段階を踏まずに一気にテレパシーを表舞台に引きずり出し、
まるで手品師のマジックのように見世物扱いし、心霊やオカルト的な印象を与えて来たため、世間
では怪しいものと決めつけ、魔女狩り裁判が行われて来たのです。それは現代に於いても状況は
あまり変わりません。しかし、テレパシーの存在なくして人間も大自然の存在もありません。


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